おしゃれキングが重荷だったこともありました

『次世代美容師コンテスト』選考委員インタビュー Vol.3 内田聡一郎さん(LECO代表)

そのころ仕事で好きだったことはなんですか?
「撮影は好きでした。モデルさんとかをいかに自分でプロデュースするかを大事にしてて。その当時は、今でもあるかと思いますが、モデルさんの髪を切らずにスタイリングするだけで撮影したりすることがありましたが、オレは違う、みたいに思ってて。切って、カラーして、内田スタイルで出すぜって思ってましたね。それがあってカット、カラーは好きでした」

プライベートでは?
「DJ一択ですよ(笑)」

あれ? アイドルはいつから?
「そっち(笑)? あれはもっと後です。veticaができたくらいの頃だから2009年くらい。当時サブカルチャー=アイドルっていう流れがあって、イケてる人とか、エッジ効いている人が「アイドル面白くない?」みたいな感じがあったんですよ。オレもズブズブじゃなくて、エッジ効いている人たちの新しいコンテンツ、イケてるアンテナとリンクして、それでももクロキャッチして、ハマっちゃって(笑)。でも今考えると、それでできた交友関係とかがすごいあります。お客さんも一割くらいいますよ」

では当時嫌だったことはなんですか?
「30歳くらいまでもそうだったんですが、おしゃれキングっていう存在が強すぎて……オレはデザイナーとして、美容師として評価されたいっていう気持ちが強かったんだけど、まずおしゃれキングが先にたつから「オレはおしゃれキングっていう看板外してもやれるぞ」って。それはそれで苦しかったです。逆にいい頑張れる要素になったかもですが」

当時やっといてよかったって今思うことは。
「一つは技術です。上っ面にならず、ちゃんと練習したぞという。あとは夜の交友関係。美容以外のフィールドで遊んでできた関係は今も生きています。自分のお店を持つことができたことにもつながっています」

どんな交友関係ですか?
「それこそヤスタカ(中田ヤスタカさん)とか、きゃりーちゃんもそうだし、バンドマンも結構そうなんですよ。お客さんでもきてくれてるし」

では当時やっといたらよかったなあってことは?
「結婚(笑)。この年齢になったらもういいかなとか思っちゃうんですよ(笑)結婚しときゃよかったな」

自分は変わっちゃったなって思うことは?
「変わった? ないな。オレ変わりました? 変わってないですよね、全然。昨日たまたま昔勤めていたお店に行く機会があって、行かせてもらったら「全然変わってないね」って言われて(笑)」

変わったところは?
「ほんとに最近ですけど、人に興味が出るようになりましたよ。今までは自分、自分だったから。人が悩んでいることに対しても、例えば相談に来られても、自分で考えてよみたいなところがあったんですよ(笑)。最近大人になって。昔は人に構うのも構われるのも嫌だったんですよ、一人っ子だったせいもあるかもだけど。自己解決型だったっていうか」

自分で独立しようって思ったのはいつなんですか?
「2年半前に入院したことがあって。その時ですね。ずっと健康なわけじゃないんだな、これはもうちゃんとやったほうがいいなって思って。自分でやりたいことやろうって。前の店も嫌じゃなかったですけど、オーナーとしてやったほうがいいかなと思いまして。30くらいじゃできなかったけど、この歳になったからできてよかったって思います。今はけっこう若くして独立してる人いるけど、みんな頭いいなあって思いますよ」

焦りとかなかったんですか?
「20代なんて、独立とかなにも考えてなかったですよ。組織の中で自分が活躍するほうが美味しいかなって」

へえ~、その若い時代、アシスタント~駆け出しスタイリストのころって自分の歴史の中ではどんな時代ですか?
「上京して、あんまり大きい挫折はないんですよ、オレ。2ちゃんでクソ叩かれてた以外(笑)。あとは順風満帆だったので、第二次成長期っていう時代ですね」

その経験があって、今自分のお店では若いスタッフにどんなことを伝えていますか?
「ハングリーであってほしいなって思うんですよ。むちゃむちゃハングリーじゃないですか、今名前が出ている人たちって。発信していくことを、自分を出していくことを。雇われてホワホワってしているんじゃなくて、自分がやるぞっていう気持ちを持っていてほしいなと。前のめりでいいと思います」

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