美容師として攻めていこうと決意したのは27歳、それまではとにかく有名になりたかった(笑)

『次世代美容師コンテスト』選考委員インタビュー Vol.3 内田聡一郎さん(LECO代表)

まず内田さんの若手時代について伺いますが、アシスタントのころはなにを考えてましたか?
「有名になることばっかり考えてました。23歳で東京に出てきて、CHOKiCHOKiにお世話になり始めたのが24歳くらいなんですが、その時から狙ってました。当時は他の雑誌とかもストリートスナップの全盛期だったじゃないですか? 街角で写真撮られたりするとか、上京する前に横浜にいたころからやりたかったんですよね。SHIMAの奈良裕也くんとかももう知ってたんで、なんかこうなりたいなあ、みたいな。国吉真也くん(当時大学生のおしゃれキング)もいたりして。とにかく方法は選ばず、有名になりたいって思ってました。それでストリートスナップがあって、これは大事だなあと思って。モデハンに行ってましたけど、モデハン行く時は営業中の時の服と替えてたくらい、スナップされることを意識してました」

有名になるっていうのは美容の仕事のためだったんですか?
「美容の仕事のためっていうのも延長にありますけど、その前にもっと名前を世に売りたいって方が先ですよね(笑)。ボク、中学のころはいじめられっ子だったんですよ。で、いわゆる高校デビューをして、ちょっとずつ自分が出てきて……中学時代のコンプレックスもあったから、みんなにもてはやされたい! みたいな(笑)」

じゃ、ひょっとしてやりたいのは美容の仕事じゃなかったかもしれない?
「18歳で美容の世界に入って、いったん辞めた時期もあって、そのときは美容じゃない仕事もしていました。美容の世界に戻ってはきましたが、美容じゃなくてもよかったかもしれないですね」

どうして戻ったんですか?
「当時イケてたんで、美容師が。カリスマ美容師ブームとかあったりして。有名になる道はこれかなあって(笑)」

有名になることが目標でスナップ出たりとか、それと内田さんといえばDJとしても有名ですが、それはいつごろから?
「同じころですよ。23~24歳くらい。もともと音楽は好きだったんですが、当時はクラブも全盛期で、DJも世間的な認知度が高かったんですよね。クラブで彼女ができたりしたので、交友関係もクラブでできてきて、それからDJやったらよくね? みたいな感じで(笑)」

続いてますねー。
「続いてますよ。もう16年かな」

好きなんですね。
「けっこうマジメなんですよ、ボク」

え?(笑)
「マジメだから、一回やったら続けちゃうんですよ。女のコとつきあうのもそうなんですけど、つきあったら長いんですよ。なんか始めたら、ある程度のキャリアになるまではやめないみたいなタイプ」

それだとあれやこれやいろんなことはできないですね。
「絞りましたよね。読モとDJと美容師に。美容師の中でもエンタメ業界よりにアプローチしていく、みたいに」

その3つだけでもけっこう忙しいですよね。どんな生活だったんですか?
「寝てなかったですよ、単純に。あの当時はCHOKiCHOKiの効果もあったし、自分がバーっとキテた時代だったので、いい意味でオラオラ感はすごかったかも(笑)。寝るっていう行為よりも楽しいことするぞー! っていう欲求の方が強かったです。毎日3時間くらいしか寝てなかったですね。営業終わってクラブ行って、朝は練習行ってって」

練習はちゃんとしてたんですね。
「ちゃんと行ってましたよ。ほぼ毎日。しっかりした技術を重んじる硬派なサロンの中で、自分は硬派じゃない見られ方をしているから、ちょっとでも弱みを見せるとツツかれたりする。だから、きっちりやってましたね」

あいつ目立ってるけど下手じゃん、みたいなのは嫌だと。
「そうそう。クラブ行ったくせに遅刻すんなよ、とかね」

そこまでしてて、美容の仕事に本腰を入れ始めたのはいつごろなんですか?
「25~26歳くらいでスタイリストになったんですけど、そのころ全盛期だったじゃないですか、CHOKiCHOKiが。アシスタントのころから、サロンに内田に切ってほしいっていう電話がすごくかかってきて、まだ切れないから、じゃシャンプー指名で、みたいなことがあったりして。そんな状態だったから満を持してデビューしたっていう感じではあったんですよ。デビューしたらすぐに売り上げもあったりして。そんなときに2ちゃんとか見ちゃって。そしたらすごい叩かれてて。最初見てなかったけど、友達とかがおしえてくれて。『あいつは読モとしても中途半端だ』みたいな。各方面で叩かれてて、クッソ凹んで、しばらくダウナーだったんですよ」

そうだったんですね。
「そこから抜けるきっかけになったのが美容業界誌の企画でした。撮影のチャンスをもらった時に、その作品が当たったんですよ。自分で頑張ろうと思っていた矢先で、お店では『美容業界の人に認められてなんぼでしょ』っていう教えもあったから、その初めてやった作品が大きく扱われたのが、すごい嬉しかったんです。そこから美容師として、攻めていこうって決意が固まったっていうか」

それはいくつの時ですか?
「27歳くらいですね。アシスタントで2~3年やってデビューして2年くらいのころ」

いよいよ本気になりましたね。
「CHOKiCHOKiの存在も大きかったかもですね。おしゃれキングだったけど、若手のスタイル作品もピックアップしてくれてたじゃないですか。『generation-H』という企画とか、美容を牽引する若手、みたいな。そいうのもあって作るっていうことに対してのプライドはできたかもしれないです。あの企画、毎回が勝負でしたよね。無茶苦茶やってた人もいたし、オレも負けねえぞ!って思ったりとか」

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